焼けつく陽射しの下

友人の制作するPV撮影のため、昭和記念公園へ。

合間には落ちていた青いビニールボールで遊びつつ、人のいない広大な”みんなの原っぱ”で撮影は順調に進んだ。

その後、場所を移してとある”廃虚”へ。
はしゃいでいたら、久々にすり傷をつくってしまった。
本当に久しぶりのすり傷。
ちょっとひりひりしつつも、なんだか楽しかった(笑)。

なにはともあれ、プロモの完成が楽しみです。

代官山にて

3人そろって、今コンタクトをとっているレーベルの事務所にお邪魔した。
そこではいろいろな話をして、いろいろ考えさせられることがあった。

人に音楽を聴いてもらうということは、作り手と受け手が音を媒体としたコミュニケーションをとることだと思う。
あるミュージシャンが”僕らの音楽を本当に必要としている人にレコードを一枚一枚手渡しできるのなら、それが一番いい”と言っていた。
結局、音楽を届ける作業をレコード会社に任せっきりで、そういった感覚を忘れてしまったら終わりだろう。

レーベルの方は、”宣伝もマネージメントも、すべて自分たちでやっていくことはとても重要”と話していた。
日本では、少し有名になると事務所がツアー先のホテルの予約から何からすべての面倒を見るそう。
でも人間は当然すべき自分のことをしないで済むようになると、何も感じなくなってしまう、という話だった。

あくまでもバンドがすべて自分たちでやっていくのが理想で、でもそれには限界もあるから、その部分のサポート、という形でレーベルを運営されているように感じた。

以前森川が日記に書いていたように、自分たちでCDをつくり、HPを運営し、ライヴをする、ということを続けていくことで実力をつけていき、その実力とともに自然にリスナーが増えていくようなバンドになりたい、と思う。
そして聴いてくれている人に対する感謝の気持ちをいつまでも忘れずにやっていきたい。

進むべき方向

早く、早く次のライブをしたい。

今までもそう思うことはあった。
でも今のこの感覚は、先が、進むべき方向が見えていて早くそこに辿り着きたい、そんな感覚。

3人それぞれではなくて、1つのバンドとしての進むべき方向。
それが見えた気がする。

特殊な状況下ではあったが、今までに無く気持ち良く演奏できた。
お客さんは決して多くはなかったが、こういう時こそ聴いてくれている一人一人に届くように、と思って演奏した。

BBSに、今までと違う何かがあった、というようなことを書いてくれた方たちがいた。
それはステージ上で僕も感じていたことだったので、嬉しかった。

イベントに呼んで下さった北山さん、モリカワのナイスなニックネームを考えて下さった野本さん、早速euphoriaTを着て宣伝して下さった桃井さん、ロフトの多田さん、斉藤さん、他にも沢山のスタッフの方々、どうもありがとうございました。
そして来て下さったお客さん、本当に感謝しています。

夏の終わりは秋の始まり

昨日、今日と夜は隅田川沿いで映画撮影。
今日はバンド練のあと現場に直行、というハードなスケジュールだった。

撮影中、通行人が立ち止まってこちらを見ていたりして、少しばかり有名人気分(笑)。

そういえば最近、夜はもう秋になりはじめている。
昼間のセミに代わって、暗くなってから鳴き始める秋の虫の音。
昨日なんか、撮影中長袖が必要なぐらい気温も下がった。

”夏が終わる”と聞くと何とはなしに寂しい気分になる。
だからいつも夏の終わりには”秋が始まる”と思うようにしている。

夏が終わるのは寂しいけれども、秋もいいものだ。
高い空、色づく木の葉、ちょうどいい涼しさの空気。

秋が好きなのは若い証拠という話を聞いたことがある。
心が老いると、秋は寂しい季節に感じられるらしい。

秋はまた、四季の内でもっとも短い季節であるように思う。
やっと涼しくなったと思うと、すぐに冬が来てしまう。

今年も、もうすぐやってくるであろう”束の間の秋”を満喫したい。

島の時間

友人の撮る映画の撮影のため、2泊3日で三重県にある小さな島に行ってきた。

神島は、周囲4キロほどの本当にこじんまりとした島。
1時間も歩けば一周できてしまう。
集落は、島民全員が知り合いなのではないだろうか、と思うほどに小さい。
スピーカーからは、彼らにしかわからないローカルな連絡事項がアナウンスされる。
数少ない道行く中学生、高校生は、みんな僕たちに挨拶をする。

時間の流れ方が違う、と思った。
島では、外との接触機会が少ない分、独自のコミュニティーが成立したのだろう。

撮影は駆け足で行われ、ゆっくりできる時間がほとんど無かったのが少し心残り。
時間さえ許せば一週間ぐらいを過ごしたい、とてものどかで魅力的な空間だった。

ベトナム青年遅刻

久しぶりに3人そろっての練習。
ベトナム人並みに日焼けしたK君は、寝坊のため遅れて登場。

それにしてもキノシタは本当によく焼けた。
ちなみに一昨日のバンドミーティングに現れた彼の第一声は、
「やべー、日サロ行ったみたくなっちまったよー」。
実際、そのぐらい黒い。

それはともかく、今日の練習。
本当に久しぶりだったが、特に大きな問題はなく、ひと安心した。

キノシタもベトナムで毎日基礎練習をしていただけあって、全く落ちていない。
この調子で合わせていけば14日のレコーディングには間に合うだろう。

ところで今回録音する予定の曲の中に、”clover”という難曲がある。
この曲は、特にバスドラムとベースをそうとうタイトに合わせなければかっこよく聞こえないのだ。
そこでドラムとベースだけを録音し、コンピュータで音の波形を解析して微妙なずれを調べる、という大胆な(?)実験を試みた。

波形を出すと、小さなずれまではっきり目に見えてしまう。
実際耳で聞いてタイトに聞こえる部分は、波形で見てもドラムとベースが全く同じタイミングで音を出していて、
ちょっとしっくりこないなあと思う部分は、2人の波形がずれていた。

改善点が正に、目に見えてわかった。
バシッと聞こえるようになるまで、練習あるのみです。

キノシタのマイブーム

練習後、松屋で牛めし大盛と生玉子を注文した木下。
そして言った。
「これ、最近の自分的ブーム」。
直後、といた生玉子をみそ汁に入れるキノシタヨウスケ、ハタチ。

「……それ、うまいの?」
「うん、あんま味かわんないよ。」

じゃあ何のために入れたんだよ……。

練習後はかなりの頻度で利用していた松屋だが、そういえばここのところ何故かしばらく行っていなかった。
そして今日久々に行った松屋で、木下の中ではおかしなブームが巻き起こっていることが発覚した。

ウスバカゲロウ飛ぶスタジオ

昼12時半、スタジオ入り。
そして夜8時半まで、まとまった休憩もほとんどなしにレコーディング。

決められた時間内に納得いく演奏をしなければならない、というのは精神的にかなりきつい。
納得いくまで何度も録り直す作業は、肉体的にもきつい。

時間制限のない環境でレコーディングができたらどんなにいいだろう、と毎回思う。

でも仕方が無いので、8時間がんばった。
そしてやれるだけのことはやった。

終わってみると、本当にあっという間。
スタジオのロビーには、練習に来ているイースタンユースの人たちがいた。
が、終わった脱力感のため大して驚きもせず。

今回は”silent roar”や”mudai(まだ曲名がついていないのでこう呼んでいる)”など、空間的な音の広がり、ライブのような迫力が必要な曲も録音した。
こういった曲の音源化は難しい。
今日録った曲たちがミックスを経てかっこいい音源になるかどうか、楽しみでもあり、少し不安でもあります(笑)。

パンダ・オン・モリカワ

バンド合宿終了。
そして明日はレコーディング8時間一本勝負。
気合入れていきます。

ところで、BIOGRAPHYページの写真がやっと夏らしくなりました。
ちなみに今日の午前中撮った写真です。

中央は、ナカノのワックスでセットしたせっかくのベッカムヘアを嫌がって無造作ヘアで登場、でもマンチェのプラクティスシャツを着ているキノシタ。
右はお気に入りの中国産パンダを肩にのせて嬉しそうなモリカワの図です。
パンダは、落っこちないよう必死になってしがみついています。

ヒガシクルメでバンド合宿

森川宅に泊まり込みで練習。
レコーディングする曲を入念につめていった。

最後、ドラムをたたき終えた、明日20歳を迎えるキノシタ、
突如として悟ったように「ローマは1日にして成らず」の発言。
「???」(森川と僕)

その、絶妙なる使いどころのズレ。
こんな感じですわ、いつも(笑)。

今、僕の後ろでは、
森川がギターを弾き語り、木下が風呂上がりのベッカムヘアで僕の書く日記をのぞき込んでいます。

還ってきたキノシタ

うちのドラマーが無事帰還した。
電話口での声は元気そうで、怪我もなく帰ってきたのは喜ぶべきこと。
ようやく3人揃った。

久しぶりに3人で演奏できると思うと、明日からの練習が実に楽しみです。

感動の共有

BIOGRAPHYページの写真、よく見ると暑苦しいですね。
キノシタとモリカワはマフラーまで巻いてるし(笑)。

あの写真もそろそろ更新せねばと思いつつ本日のモリカワの日記を読んでいたら、
夜中に一人で自作の曲を爆音で聴きながら興奮しているうちのギタリストの姿を想像して、
おもわず笑いがこみ上げてきたりした(笑)。

まあでも、作った本人が感動しない音楽を人が聴いて感動するわけがない、と思います。
実際僕もeuphoriaで演奏している時、”おおっ!”とか思ってる瞬間があります(笑)。
仮に聴いている人がその時そこで同じように感じなかったとしても、
まず自分が感動する音を出さないとその音が感動を伝えるわけがないし、
そうやって演奏しているうちにどこかで聴いている人が感動してくれれば、
そんなに素晴らしいこともそうそうない、なんて思うわけです。
”感動の共有”ができたら、それはひとつの理想のライブ像だと思います。

ちょっとまじめに書いてみました。

テレキャスターベース

新大久保の楽器屋で、新しくベースを買った。
77年製、黒いフェンダー・テレキャスターベース。
自分よりも年上のベース。
とてもいい音が鳴る。

今使っているミュージックマン・スティングレイを買ったのは、4年前のことだった。
重くて、ネックも太いそのベースだが、いつもそれを使っているとさすがに、重いとも、ネックが太くて弾きにくいとも思わなくなった。

おかげで僕は、重さやネックの太さを気にせずにベースを探すことができる。
今日買ったベースも、幅こそ平均的だが厚みのあるネックで、ボディは重い。

スティングレイとテレキャスターベース。
それぞれにキャラクターの違う音。

この夏のレコーディングではどちらのベースを使おうか、迷い中です。


>今聴きたい一曲 Polaris "季節"